Posted on 01/13/2014 at 00:00, by Aki☆

2014年1月12日 礼拝メッセージ

真の大祭司  (出エジプト記 39:1~2)

人が着る服には、3つの機能があります。
①体を保護する機能 ②ファッション機能 ③身分を示す機能です。

祭司の服の特徴は、人が考案しデザインしたものではなく、神様が考案し命令して作った服です。人に見せる服ではなく、神様の御前に出て行く時に着る服です。この服を着ずに神様の御前に出て行くと死にます。なぜ、このような特別な服が作られたのでしょうか。

1)人は罪人であるが故、罪ある身を覆い隠すためです。
人(アダムとエバ)が、罪を犯す前は、羞恥心と恐れがありませんでした。しかし、罪を犯した後は、恥ずかしく、神様を恐れ、無花果の木の葉っぱで身を隠しました。人は誰でも、罪人です。だから体を隠すのです。

2)祭司は、その民を神様の御前に連れて行く人です。祭司の服には、イスラエルの12部族を意味する各宝石が肩や胸(エボテ)にもありました。信徒は、神様の宝石です。イザヤ書43:4「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。」

3)この大祭司は、イエス・キリストを象徴します。
大祭司は、イスラエルの民のために、聖所と至聖所に入り、とりなしの祈りをする人です。へブル書4:14 「さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。」

イエス・キリストは、ご自分の命を捧げ、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです。そして、イエス・キリストによって救われた私たちを、この世で、隣り人を救う祭司として下さいました。

第一ペテロ2:9 「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」

真の大祭司であるイエス・キリストの贖いを通して覆い被せられる、恵みの愛に生き、宣べ伝えましょう。

Posted on 01/06/2014 at 00:00, by Aki☆

2014年1月5日 礼拝メッセージ

Vision  (へブル人への手紙 11:1、3、6)

物事を判断する時、多くの人が、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を通して、直観と知覚(理性と知性)を通して判断し、信じようとします。しかし、霊感の人と信仰の人は、神様との関係の中で判断します。

今年度の教会標語は「信仰の目で見る教会」です。‘見る’ というVisionの意味は、何でしょうか。辞書は「見える将来の状況あるいは理想」「未来に対する展望」と解釈しています。しかし、聖書的な意味は「神様が、神様の目的を、私たちに見せて下さること」です。ですから、Visionには、神様の夢と目的がなければなりません。即ち、Visionとは「神様の啓示」と言えます。神様の目的と意図を、私たちに啓示して下さるのが、聖書的なVisionです。

「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」
(へブル11:1)

①信仰は望んでいる事柄を保証します。
信仰は、私たちの意志とは関係ないのが、事実です。
信仰は、神様が下さるプレゼントです。信仰は、不信と絶望を望みに変えます。
②また、信仰は目に見えないものを確信させるものです。
信仰は、見る目を変えます。信仰は、広い目、深い目、愛の目です。
信仰は、視覚を変えます。信仰は、見えないものを見る事ができます。
神様の霊の目で見るのです。
③そして、この信仰によって称賛されます。信仰の先祖は、この信仰を認められました。信仰は、希望の事柄ではなく、具体的な結果が現れます。
信念の出発は自分ですが、信仰の根拠は、神様のみことばです。
④信仰は、神様のみことばの力を信じます。
「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、」
哲学も、科学も、証明する事も理解する事もできません。

みことばには、ロゴスとレーマがあります。
ロゴスは、全ての人々に与えられた神様のみことばで、
レーマは、一個人に与える聖霊の働きによるみことばです。
今日、私に与えられた神様のみことばを悟るのです。「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」(へブル11:6)

信仰の目、霊の目で、神様の目で見る一年となりますように、お祈り致します。

Posted on 12/30/2013 at 00:00, by Aki☆

苦い根を断ち切る

先週のメッセージ †
苦い根を断ち切る  (へブル人への手紙 12:14~16)

信仰者として、年の終わりに、この一年を振りかえり、3つのことを考えます。

①恵みから、落ちる者になっていないか?(12:14-15)。
神様を信頼出来ず、恵みを軽んじ、拒んだり、諦めたことが、あったかどうかを調べます。多くの人が、教会の中にいながら、世的的な方法で生きています。
マタイ6:33で 「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。」「そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」と約束されています。

②苦い根が芽を出して、悩ましたり、多くの人を汚したりすることが、あったかどうかを調べます(15)。教会に通いながら、絶えず神様を疑う人がいます。自分の固執で、知識が信仰を邪魔しています。自分が知っている事が、世の全ての事ではありません。知っている事とは、どれ位の事でしょうか。

③また、不品行の者や、一杯の食物と引き替えに自分のものであった長子の権利を売ったエサウのような俗悪な者に、なっていないかどうかを調べます(12:16)。
欲と食べるものだけを求めるなら、動物的な人生となります。哀れな人です。彼らの思いは、地上の事だけです。

箴言16:1-3で「人は心に計画を持つ。主はその舌に答えを下さる。人は自分の行ないがことごとく純粋だと思う。しかし主は人のたましいの値うちをはかられる。あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない。」と言っています。

新しい年は、主に委ねて生きる信徒になりましょう。

Posted on 12/29/2013 at 02:10, by Aki☆

天から来られたお方

先週のメッセージ †
天から来られたお方  (ヨハネの福音書 1:12~14)

なぜ、イエス・キリストは、この世に来られたのでしょうか?

①光を与えるため来られた(ヨハネ8:12)。全ての生命体は、光が必要です。光は明るく照らします。軽くします。癒します。新しくします。イエス様は、その光です。

②永遠の命を与えるため来られた(ヨハネ10:10)。イエス様が来られたのは、命を与え、豊かにするためです。誰でも、この永遠の命を持たずには、天国に入る人はいません。この永遠の命は、主キリスト・イエスにあります(ローマ6:23)。

③また、天の御国の望みを与えるために来られた(ヨハネ14:1-3)。イエス・キリストは「私は道であり、真理であり、命なのです。私を通してでなければ、誰ひとり父のみもとに来ることはありません(ヨハネ14:6)。イエス・キリストを通して、私たちは、備えられた永遠の御国に入れます。

④そして、イエス・キリストは、私たちの神様を、アバ父となるようにするため来られたのです。賀川豊彦は、イエス・キリストと出会ってから「私は賀川豊彦です。神の子です」と、自分を紹介しました。イエス・キリストに出会うと、人生に、真の光と、永遠の命と、神の御国の望みと、神の子となれる恵みと、祝福があります。このイエス・キリストに出会うクリスマスとなって下さい。

このイエス・キリストが休まれる、あなたの心の部屋は、空いていますか?
馬小屋しか、ないのでしょうか?
救い主なるイエス・キリストが、あなたの心にお入り出来ますように。

Posted on 12/22/2013 at 07:08, by Aki☆

主が御顔を向けて

先週のメッセージ †
主が御顔を向けて  (出エジプト記 37:4~9)

準備中

アーカイブ お問い合わせ ログイン Email ログイン